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北から流れてくるボスポラス海峡の潮流が南から吹いてくる風にあおられて海上は一面に白波がたつ。コンスタンティノープル陥落の際にトルコ軍を惑わせたあの風が今日も吹きつづける。ヨーロッパとアジアの接点といわれる以上に、宇宙船を思わせるイスラム寺院と4本のミナーレ(尖塔)が沈みかけた日を背にしてみごとな山の稜線をいくつも描きあげる。一方人々の生活に目を向ければ、橋からちょこんと身を乗り出して魚を釣るもの、通勤渡航船に乗りこむもの、ケバブを薄くスライスしてパンに挟み頬張るものなどわれわれの目を楽しませてくれる。ただし、インフレが激しく、水を買うのにも10万TRもし、ゼロの数をかぞえるだけでも一苦労である。だから、1週間もすれば値段は変わる。
エジプトは言わずと知れた観光立国である。そのため、ハトシェプト女王葬祭殿での銃乱射事件以後、とりわけ監視が厳しい。南北の移動もバスは禁止され、主に南北のナイル地帯をほぼ垂直に貫く鉄道に限られる。しかも観光客用と一般客用に分かれる。そのためか、予約が実に取れにくく、チケットが取れない場合には、一般用の列車に無理やり飛び乗る。しかもこちらのほうがエジプトの人達とふれあえてより楽しい。列車のなかで普通の人がモノを売る様子がおかしい。なぜかバンソウコウを売るのだが、その売り方がまず車両に乗っている全ての人に宣伝の意味も含めて、2・3枚ずつ配る。そして後でほしい人だけ買って、それ以外の買わない人の分を全て回収してまわる。隣に座って話していた男性も、これから売ってくるといって、全部の指にキーホルダーをかけていた。地下鉄での経験は、降りることと乗ることが同時並行で進む。降りる人は降りれないし、乗る人も乗れない。しかし、これが面白いのは、最も合理的な選択を人々はしているということである。私は2度ほどこれで乗り遅れた。それは日本のように行儀よく並んで乗ろうとしたからである。そこで当然のことながら、降りる人を待たずに自分も乗ろうとする。すると乗れた。彼らもまた乗り遅れないために、そのようにしているのである。したがって、この土地ではそれが正しいという論理になる。もちろんエジプトは世界で群を抜く遺跡の宝庫であり、壮大で華麗である。しかし、どれもあまりに有名すぎて、“確認”のためにみているような気がする。むしろ市場での人の営みのほうがよりダイナミックである。
基本的にアラブ諸国は、親日派が多い。路地で話す限りでは、その理由は2つある。ひとつは反米(西欧)の感情が根底にあり、もちろんアメリカ人もアラブの国にたくさんきているがその次に日本人が多いという点である。もうひとつは、技術水準の高さを向こうから自慢してくる。とりわけおんぼろになっても動くトヨタの車を指していう人が多い。ヨルダンもそうした国のひとつで、人懐こく親しみやすい。アラブ独特の甘いチャイ(紅茶)をすすりながら人々と談笑する。当初ヨルダンに来る予定ではなかった。イスラエルの出入国の関係上、紅海を抜けるルートでどうしても立ち寄らなければならなかったが、もう一度足を運ばしてみたい国のひとつである。
同じ地域にあるヨルダンから抜けて、イスラエルに入ると、全てが異質である。異質ということは自分の感覚からズレていることに相違ない。自分の眼前に広がる光景が、どこかで自分の世界と関係が遮断されているというぐらい、夢の中かあるいは浮世離れした世界である。ユダヤ人・イスラエル人・キリスト教徒・アルメニア人全てが混合することなく、反目しエルサレムという同じ地域に棲む。基本的に他者を受け入れない。もし受け入れようならば、緊張の糸が解れてたちまち自分の領土は失われる。相手を受け入れない目にはみえない抵抗線がここには常に存在する。この気質は商売にも表れている。アラブではできる交渉のやりとりが、この国では最後のところで妥協という文字は存在しないようである。
イスラエルの出国は2時間も費やさなければならない。全て身包み剥がされる。まずマンツーマンのセキュリティチェックが入る。順番に並び、係官から質問の嵐である。なぜイスラエルにきたのか。なぜ入国スタンプを押さないのか(押せば他のイスラム諸国に入国できない為)。イスラエルでは何をしたのか。ホテルの名前や今日空港まで来た交通機関、バスの便名まで(たまたま覚えていたからいいものの)。メモを見ようとしたらそれを閉じなさいと言われる。爆弾を持っていますか。拳銃をもっていますか(持っているわけない)。「君は働いているのか」と聞かれたので、「いいえ学生です」と答える。すると「いくらお金を使ったのか。航空運賃はいくらか」と聞き、「その旅費を誰が出したのか」というので、「全部自分だ」と答える。そうすると間髪入れず、「君はさっき働いていないと答えたのになぜだ」とカウンターパンチを食らう。だから、仕事とバイトは違うんだと弁解するとひとまず終息。さまざまなことを聞かれてこれで終わりかと思うと、その考え自体が甘かった。さらに相手の方が1枚上手だった。別室に連れていかれて、荷物検査の始まりである。折角きれいに荷造りしたものを全て検査のために外に出すはめに。そしたらはじめから荷物検査をしろと思いつつ傍から見ていた。不運なことに、お土産用に包むためにホテルに置いてあったアラビア語の新聞が見つかって、「なんでお前はこんなものを持っているんだ」とまた質問が始まる。ヘブライ語の新聞もあるのになぜだとか、全て包装紙も剥がされて、見ればわかるのに、ご丁寧に金属探知機にかけ、念には念をということで、X線に通す。さらに身体検査。どうやら、僕だけでなく中国人や香港人も荷物検査を受けていたので、傾向としては、個人旅行の人間は丁寧にこの関門をくぐりぬけなけらばならない。すごい国である。 |